韻踏み夫による日本語ラップブログ

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『空からの力』について 日本語ラップの起源

 

 『ユリイカ *日本語ラップ特集』に寄稿した文章の中で、押韻はラッパーたちにとって「過剰な欲望の対象となった」と書いた。この点についてより深く考えてみたい。そう思ったのは、7月29日におこなわれた「日本語ラップ批評ナイト」で「78年」生まれの代表としてTOKONA-Xについて話したとき、意図が上手く伝わらなかったからである(もちろん、話すのが下手くそであったからというのが第一の原因であることは自覚している)。歴史の中で日本語ラップの核心であり革新をおこなった「78年式」のラッパーたちを語るための前提をはっきりさせておかねばならない。ゆえに以下の文章は、その時話したことから大きく逸脱しているように見えるが、すべて「批評ナイト」のおかげで出来たものであるということを明言しておきたい。

 

 キングギドラの『空からの力』は日本語ラップの教科書とされている。このアルバムが記念碑的な作品であるのは、困難であった日本語による押韻が可能であると知らしめたことにあった。このことは十分に定説となっているとはいえ、例えば次のような記述を無批判に受け入れることはできない。

 

この押韻についても、1995年のキングギドラのアルバム『空からの力』の影響力は大きい。彼らは韻の方程式を輸入し、教科書化した。彼らは、それ以前まで多かった二音/文字踏み(ex. 嘘の勝ち負け/ただ虚しいだけ)に疑問を呈し、少なくとも三音/文字以上踏む(ex. 自由に飛ぼうと/もみ消す証拠)のが押韻への礼節であるとの態度を身を以て示したのだ。(吉田雅史『小説トリッパー』収録「漏出するリアル」)

 

 いくら日本語ラップの歴史を素描するための流れに書かれているとはいえ、ギドラの押韻が画期的であった理由を音数の問題に変換するのは浅薄だと言わざるをえない。例えば、吉田が同論文の中で引用しているいとうせいこうの「世紀末だった」「欲しがった」という韻は三音であるが、これをどのように説明するのか。ギドラ以前と以後の押韻には質的な差異が存在しているのであり、それは音数という量的な問題に移し替えることはできない。ギドラの押韻の新しさは、九鬼周造の言うような意味での偶然性の高い押韻をおこなったことにある。助詞や助動詞といった種類の少ない品詞での押韻は偶然性に欠けてしまう。

 ギドラは自身で証言している通り、渡米中に現地で日本語でラップすることを目指しはじめたが、では彼らは何を「輸入」してきたのだろうか。押韻を輸入してきたのだとは言えないはずである。それでは彼らに独自なものを見落としてしまうからである。そうかといって、彼らにとってのアメリカが大きなものだったことは間違いない。吉田は「方程式」と言うが、これは何を示しているのだろうか。「韻の方程式を輸入した」という記述が正しいのは、彼らの輸入したものが抽象的で形式的なものだという点においてであるが、しかしそれは「方程式」というよりも法と言った方がよい。ギドラが画期的であったのは押韻を制度化したことであり、音数の問題が出てくるのはこの法が発効されてからの話である。より多くの音数で韻を踏もうという試みは法から派生したものである。ギドラ以後においてのみ、法の空間内においてのみ、押韻の音数は増加しうるのだし、逆にいえばいとうせいこうから押韻主義などは生まれることはない。『ユリイカ』でいとうにインタビューした磯部涼は現在の日本語ラップシーンの中心にいるようなラッパーたちが「日本語によるライミングに関しても、せいこうさんが批判的にアプローチしてきたのに対して、ある種、愚直に突き詰めたからこそブレイクスルーしたようなところがある」と言っている。この「ブレイクスルー」、「まずはエントランスゲートが吹っ飛」(Zeebra「Mr.DYNAMITE」)んだ瞬間が『空から』なのだ。重要なのは「愚直に」、「捨て身で突っ込む」ことだ。いとうは愚直になることが出来なかった。押韻及びラップの言葉に対して、いとうとギドラの立場は正反対なものとなっている。いとうは同インタビューで「AABBCCDD」といった形態の押韻を古臭いものだとしているが、『空から』二十周年を記念し再発された際に行われたインタビューで当時を振り返ったKダブシャインはいとうとは対照的に次のように述べている。「ラップの基本だと思うんだけど、上の句下の句みたいな感じで、ある程度二小節で完結するようなのがいっぱい並んでるじゃない」。Kダブ及びキングギドラはいとうが否定的であった「AABBCCDD」の形を肯定する。いとうは「『韻なんて関係ない』と言って、掟から解放されて自由になっていた現代詩の人たち」に同調しているが、ヒップホップの「掟」である「AABBCCDD」、この二進的で単純な構成を受け入れることは古典的なものにとらわれるということなのだろうか。そうではないだろう。「騙されたと思って韻踏め」とKダブはUZI「韻」の中で歌っているが、なぜ押韻に対して盲目的でありえたからこそ、日本語ラップというものが今存在しているのである。ベイトソンが言うように、二つのものの間の差異(例えば両目の視差)が、論理階梯の層(奥行)を作り出して行くのであり、日本語ラップシーンのはじめの差異がこの二進的な押韻によるリリックの構成であり、日本語ラップの歴史は、「点と点」→「線と線」→「面と面」(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND「STILL SHININ'」)、つまり語と語、歌詞と歌詞、ラッパーとラッパーというような過程をたどったのである。いとうからは押韻主義的な思考が生まれえないわけは、押韻する語に比較されるべき意味が欠けており、そこに差異が生じないからであり、押韻が何かを生み出すこと、押韻が欲望となることはありえないのである。

 彼らは法としての押韻のみを「輸入」した。そしてこれが、思想としてのヒップホップの中の「要素のひとつだったラップという言語表現が、いつの頃からか独自の歴史を歩んでいる」(磯部)というときの、歴史の第一歩なのである。磯部が的確に言わんとしているのは、「職業的隠語」(バフチン)としての「ラップの言葉」の独自性であり、語るべきなのは上述のようなヒップホップから切り離された言語表現が反対に思想を作り出していくという転倒した日本語ラップに独自の歴史である。

 アメリカからギドラが押韻という法=「掟」を輸入したということは、アメリカの模倣を達成したということではない。ラカンにならって言うならば、模倣の欲望は充足されることがない。法の実践のために不可欠であった日本語の語順の転倒という操作が示しているのは、模倣の充足のための技術的達成などではなく、模倣の不可能性の痕跡なのであり、日本語ラップ想像界から象徴界へと移すための、シーンを成立させるための、ファルスの去勢なのである。父=アメリカへの同一化の果てしない欲望としての「ラップの言葉」が日本語ラップの独自性なのである。その意味で押韻は欲望となるのである。したがって、ラップの押韻の形態が古典的であるといった批判も、それがアメリカの模倣の達成だと見ることも、日本語ラップの独自性を見落とすという点で同様に胡乱である。

 しかし、法としての押韻とはどのようなものであろうか。それは母音の共通と押韻を隔てるものだと言える。母音が共通しているからと言って(日本語ラップにおける文脈で、ということだが)押韻しているとは言えない。ギドラはそれまでのラップで行われていた押韻を、押韻ではないと厳密に区別した。上述の通りその質的差異は偶然性にあるのだが、ギドラが彼ら自身の韻、例えば「大怪獣」と「再開中」という母音の共通する二語の関係を押韻だと言うことが出来るのは、彼らが親しんだアメリカのラップにおける法を、日本語の押韻を権威付けるものとして参照するからである。母音が共通していることを、押韻という関係として言い表せるのは法の場としての象徴界においてであるが、この変化は贈与と交換の違いと似ており、ビート上にギドラは市場のような区間を形成したのである。言い換えればこのような空間においてのみ語同士が比較され、並置され、関係を測定されるということである。九鬼の言うような押韻の詩的効果は、語の意味やイメージなどの類似と音の差異の度合い、語同士の距離を測ることで算出される。つまり、語同士が比較可能になったということである。ここではベルクソンドゥルーズ的な意味での強度的差異が語から排除されていなければならない。押韻が可能となる空間においては、同一性に保障された差異のみが問題となるのである。そうでなければ押韻の詩的効果の産出過程、まず第一に音の類似によって語が引き合わされ、次にそれぞれの意味やイメージが比較されるという過程は成り立たないからだ。押韻が類似音の反復であるというのは端的に間違いである。なぜなら押韻とは語同士の関係のことだからだ。その意味でギドラの韻を「方程式」だと言うのは妥当性がある。ギドラ的な押韻において、語はただ代入されるものとしてしか存在しえなくなるからだ。そこでは、すべての語は変数Xとして表象されうる。音数の問題はこれ以後に起きることである。韻の方程式はいつも九鬼周造の言うような押韻の快感、偶然性と必然性が接触する快感を弾き出すが、より多くの音数で押韻を踏んだとしても、この方程式の決まりきった解を変更することはないのだ(例外。たとえば十数文字で踏んだ場合、事情は変わってくる。そこに押韻の妙味は生じない。方程式があくまで比喩であるということを示している。)。

 語が代入可能となることは、語が等質的であり、選択可能になり、パラディグムの列を作り出すことであるが、このような布置の形成は技術、テクノロジーの問題である。技術がこれらを可能としたのであり、輸入されたヒップホップのテクノロジーの応用がおこなわれたのである。ヒップホップはポストモダン的であると言われるが、サンプリングという方法を考えてみよう。音楽作品の中から、任意のフレーズや音などを抜き取り、切り合わせる。自らもビートメイカーである吉田雅史は『ユリイカ』に寄稿した「ホモ・ルーデンスのビートメイキング」の中で、ビートメイカーの性分として次のような「日常」を語っている。「彼らは、日常生活で音楽に触れるあらゆる場面で、それらを単なるBGMとしてではなく、サンプルソースとして聴いてしまう」。「サンプルソース」を見つけ出すことが「日常」となっているビートメイカーたちにとって、彼らのアンテナが反応する「対象となるのは、ありとあらゆる楽曲」なのであるが、ここで問わねばならないのは、そのような耳がどのように作られたのかということである。より本質的なビートメイカーの耳の性質は、すべての楽曲、音の同一性を解体しているということである。音はひとつの作品の一部としての同一性を剥奪され(全体に対する部分というのは九鬼の定義した三つの偶然性の一つである)、すべてが物質的な「サンプリングソース」として受け取られる。この点、ビートメイカーたちは間テクスト空間にいるのであり、音楽を引用の織物とする。このようなヒップホップの技術を、キングギドラも同様に用いている。ここで言う技術とは応用可能なテクノロジーの云いであるが、ギドラはこれを言葉に応用するのである。実際、吉田が書いたビートメイカーの日常とライマーのそれは同じようなものなのだ。押韻主義的なバトルMCであったチプルソはインタビューにおいて、ビートメイカーが「あらゆる楽曲をサンプルソース」として聞くのと似て、あらゆる語をライムソースとしてとらえている。「あと僕はもう酒でベロベロとかになったら、全部が韻に見えるんですよ。だから今でも、“喫煙禁止”…とか、“から揚げ”…とか、踏みたくなるんですよ。しかも今言った“踏みたくなる”でももう頭の中で踏んでるんですよ(笑)」(「Freestyle MC Battle.com」より)。ビートメイカーとライマーは同一の技術を持っているのであり、それはすべてのものを商品として自らの内に飲み込んでしまうような資本主義的な平坦さである。

 押韻の法を実践の場に移すことに困難が伴ったことはよく知られている。その最大のものは日英の文法、語順の相違であった。そこでKダブシャインは倒置法や体言止めによる「ラップの言葉」を開発した。この語順の転倒という技術的な操作がなぜ可能になったのかということがここでの問題となる。これはビートメイカーたちの仕儀と地続きのものであることは確かである。彼らは良いソースを見つけると「頭の中でループさせたり、チョップして順番を入れ替えたり、どの部分がヌケるのか、ピッチを下げたらどうか、などと妄想を繰り広げる」のだが、これと同様にギドラは言語というソースを様々に改変しようと試みたのである。この試行錯誤を可能にしたのは、「ありとあらゆる楽曲」から権威をはぎとり、同一平面上に置いたヒップホップの技術であり、ギドラはその技術を言語(ラング)に応用したのだ。しかし、これをポストモダンな方法だと言うことはできない。瀬尾育生は、『戦後詩論』において、モダニズム詩人の技術の両義性について書いている。大衆化、都市化の時代を生きたモダニスト詩人たちは近代国家というものから自在な存在であり、彼らは(ビートメイカーたちと似て)言語の編集的な能力において詩作した。これはナショナリズム批判として機能していたのだが、国家というものに思い入れを持つでも、強く反抗するでもなかった彼らはそのために戦時下において戦争賛美へと傾き、ナショナリズム的なイデオロギーを賛美する詩作品を作った。さらに驚くべきなのは、戦後、彼らが持っていた言語の編集的な技術を用いて、戦時下の自らの作品の一部を改変、消去することによって、作品から政治性やイデオロギーを隠蔽したということである。このように技術は両義的なのであるが、ギドラにおいてもこれは妥当する。彼らは文法や語順といったものを自在に改変することが出来たが、これを文法や語順といった制度からの逃走であると言うことはできないのである。なぜなら、この語順の操作に前提されているのは、意味や内容といったものの定立だからである。ギドラのラップは、ただ記号が浮遊しているだけのポストモダンな空間などではなく、むしろそのことが意味や内容の同一性をより強固にするためにはたらくのである。意味が固定的であるために、形式的なものはいくら操作しても構わないという姿勢がギドラの技術には潜んでいるわけだ。「偶像崇拝性概念」「人間ミートローフ」といった『空から』に顕著な、言語の強引な結合の仕方を、例えばマニエリスムと呼んでみてもよいが、それは命名の問題に過ぎず、重要なのは上記のような布置においてそれが可能になるということである。

 この技術的な両義性はむろん押韻においても問題となる。ヒップホップ的テクノロジーの観点から言えば、ビートメイカーがすべての音を同一平面上に置き、「サンプルソース」だとしたことと同様に、ラッパーはすべての言葉を押韻の材料にしてしまう。押韻とは偶然的に言葉と言葉が出会う場所であり、材料の組み合わせ方が押韻の質を左右する(「とくに重要なのは組み合わせ あるに決まってる踏み合わせ」)。この技術は、意味性への依存をより進行させるのである。ギドラが語順を操作したのはそもそも、偶然性の高い押韻にとって不必要な助詞や助動詞の排除という目的のためであった。それらが不必要であるのは、九鬼周造の言うように「種類の少ない品詞」だからというのもあるが、同時にそれらの語には押韻において比較されうるに十分な意味というものが含まれていないことも理由として挙げられる。そして、ギドラの押韻においては、押韻する二語の意味の差異の距離が測定されることが絶対条件であった。ここではすでに形式か、内容かという問いは無効となるのだし、意味を通しながら韻を踏むことを「不可能を可能にした」のだと言うこともできない。むしろ、押韻は意味性に対する信頼から可能となったのであり、両者は共犯関係にあるのだ。

 また、さきに、ドゥルーズ『差異と反復』における同一性に担保された差異ということについて触れ、押韻という空間に引き出される語からは強度的な差異が排除されていると書いたが、これについてはすでに明らかだろう。「ありとあらゆる」言葉にアンテナを張り、材料とするような浮遊する記号をさまようラッパーたちの方法が、意味性への盲信と結びついているために、同一性から逃れることができないのである。

 押韻と意味について、ギドラ自身はどのように考えていたのだろうか。『空から』では、次のように歌われる。「シークレット・コード まるで暗号の様に/乱雑に羅列される物語/韻先行で繋ってく物語/その中に隠れた意味染み込みます」(「空からの力(Part 2)」)、「深い意味知り韻に感動/秘密の暗号技術を完成」(「行方不明」)。このように、押韻が使われたラップの言葉は暗号のようなものとして考えられていた。暗号とは言うまでもなく重大な意味を隠し持った記号の羅列である。「乱雑に羅列」された記号の群れは確かにシニフィアンの戯れによって偶然的に紡がれてゆく「物語」のように見えるが、そのこと事態が隠された意味を神秘化している。暗号的な押韻の言葉を聞くわれわれは、まず「深い意味知り韻に感動」することになるが、実際は意味をより深いものにするために歌詞を暗号化するのであり、押韻が用いられるのだ。したがって「内容の無いようなライムは却下」(「大掃除」)という法には転倒が潜んでいるのであり、実際「ライム」がなければ「内容」は陳腐なものであることが露呈されてしまうのであり、内容こそが押韻を必要としているのだ(押韻という制度と誰より上手く戯れるラッパーのふぁんくはこの法を再び転倒させ、「ライムの無いような内容は却下」と軽やかに歌う)。このような転倒は、アメリカから輸入されたヒップホップ的なテクノロジーが作り出したものである。なぜなら、言葉をすべて押韻の材料=ソースであるとする認識によって見せかけの形式主義が作り出され、不自然な(一見規則に反した)言葉の連なりを可能にしているものの、全ての言葉がコンテクストから切り離されるような布置を可能にしているのは意味性、内容の同一性だからである。

 では、以上のように注意深く保護される主題は『空から』においてどのようなものなのか。ギドラはアメリカから輸入された法に従って、社会の不正や悪事を摘発するラップを歌う。Public EnemyKRS-ONERAKIMなどに代表されるようなラッパーたちの影響であろうが、ともかく「本質見抜く頭脳活用」(「見まわそう」)し、社会の隠れた悪事を発見することがヒップホップ的な法の重大な事項であるという姿勢をギドラは持っていた。このとき、ギドラは啓蒙的になることを要請されてしまう。法を輸入することとそれを発効させることは別の問題だからである。実際、『空から』20周年のインタビューでDJオアシスは次のように証言している。「日本でヒップホップやるならば、やっぱり何かしらそういうコミュニティとかそういうものまで構築していかないと、ちょっとした流行りみたいなものとかになるのは絶対嫌だったし」。日本語での押韻という法の輸入とは別に、ヒップホップという法が実際に効力を持つような「コミュニティ」を作ることまでギドラには課せられたということである。そこでギドラは法とその実行という二つの要請の間で分裂状態に引き裂かれてしまう。なぜなら、法は社会や権力を批判することを説くが、しかしギドラはコミュニティ=シーンの中では権力を必要とするからである。そのため、ギドラは体制/反体制の中間に立ち揺れ動くことになる。「もし俺が総理大臣だったら教育大事にしたかった」(「コードナンバー0117」)というように、反体制の立場は容易に権力の側へと傾きかける。しかし、もっとも注目すべきなのは権力や法と押韻が結びついていることである。

 

社会の残忍行為に堪忍袋の緒が切れたラップ界の番人

行くぞ 行くぞ 言葉のジグソーパズルの為だったら辞書だって引くぞ

フリースタイル信じてたら韻辞典は禁じ手(「見まわそう」)

 

 ここで「ラップ界の番人」という言葉は二重化している。彼は「ラップ界」を代表して社会に怒りの声を上げるが、その次の瞬間には「ラップ界」を見回し、「韻辞典」を禁止する。押韻にまつわる禁止事項からさらには押韻が絶対的な義務であることも語られる。「何人のラッパーがちゃんと韻踏んでるのか数えてみよう」(「大掃除」)。「番人」は押韻について語るのであり、ギドラは押韻について語ることでシーン内における権力を作り上げようとした。このようにして社会と日本語ラップシーンの対立を実現しようとしたのだ。しかし、すでに述べたようにこの対立は不完全なままである。対立というよりもむしろ、両者は密通しているのである。暗号化された歌詞には、意味の神秘化のほかに啓蒙的な意図が込められている。『空から』において、社会の不正を見抜くことと、暗号に込められた意味を読み解くことは酷似しているし、どちらの場合にも同じ「本質見抜く頭脳」が必要となる。ギドラの歌詞を読み解くことは、社会の不正に騙されないための練習ドリルのようなものとなるのである。しかし、その啓蒙的な意図はギドラ自らが批判の対象であるはずの社会に近づくということにほかならない。「意味あるサブリミナル効果」は社会の不正を指しているが、これは暗号的な押韻についても言えることである。そして、このような「サブリミナル効果」を発見し批判するがしかし、彼はすぐさま犯人を逮捕した警察のような口振りで「今何時?現在時刻」と確保の瞬間を記録しようとするのである。

 押韻が法やイデオロギー、権力といったものと結託するということは、法とその実践の断絶を飛び越えようとすることであり、そのためギドラは不安定な立場に置かれていた。つまり日米、体制/反体制といったものの真ん中に立っているのである。そしてこの根源には押韻の問題がある。日本語ラップの誕生の契機となったのは、KダブシャインがRHYMEーRAPという換喩表現が日常的にアメリカで用いられていたのを知った瞬間である。彼は換喩表現をイコールでつないでしまったのである。換喩関係を等号でつなぐこと、論理階梯を混同し、断絶を無理やり結合すること、模倣を徹底すること。この押韻を巡る試み、欲望が日本語ラップの起源である。そして、換喩を等号とひそかに入れ替えるという試みは、『空から』において押韻主義を生み出す事にも加担するのである。収録曲「フリースタイル・ダンジョン」では、ラッパーたちが闘争し、競争するような「迷宮」が描かれるが、「ラッパー宣言すりゃお前もすぐ住人」と歌われるようにラッパーならば誰もがそこの住人にされてしまう。シーンとは実際このようなものであり、Zeebraの「シーンにコミット」発言は二十年近く前に発表されたこの曲ですでに言われていることである。「逃げてるだけじゃ出られない迷宮」のようなシーンは弁証法的な息苦しさが支配している。このようなシーンが押韻と結びつくときに押韻主義は生まれる。そこには無理のある結合があり、「ラッパー宣言」したとたんに、「シーンにコミット」することを強制され、さらに「何人のラッパーがちゃんと韻踏んでるのか数え」る「番人」の監視下に置かれるのである。このような法の暴力が可能となるのも、押韻という技術のおかげである。なぜなら、言葉をすべてソース=材料として認識し同一性に担保された差異を生産するような技術が、ここではさらに拡大しているからだ。同一性を平等に、差異を個性と言い換えるような拡大である。押韻主義はラッパーの価値を韻の質と等号で結びつけるものだが、ここではすべてのラッパーは同一平面上に置かれる。語同士の比較を可能なものとし、語の意味の距離を測定するような押韻空間は、ラッパー同士の比較が可能なシーンという空間に拡大されるのである。これが押韻主義の起源である。例えばKREVAスタイルという押韻主義の空間がBBPのMCバトルを支配していたとき、ラッパーたちはフローや身体性やバイブスなどという価値基準をほぼ知らなかったと言ってよい(唯一それを知っていたのはKREVAだけであろう)。余談となってしまうが、この空間に亀裂を入れたのが2002年の決勝を戦った漢と般若だったのであり、そのために彼らは押韻を激しく否定した。実際、日本語ラップという「言語表現」の「独自な歴史」の第二の転換点は彼ら「78年」生まれのラッパーたちの登場にある。彼らが批判するのは、日本語ラップの空間であり、時間であり、自己であり、リアルであり、そして何より押韻である。

 

 「日本語ラップ批評ナイト」で、客席からなぜ押韻という技術を特権的に語るのか、という質問があった。その場で十分に返答できなかったので、ここでその質問に答えるならば、以上のように押韻と言う技術が日本語ラップの誕生には不可欠だったからである。押韻以外のものを切り捨て、ラップをテクストと置き換えているという批判もあった。しかし、日本語ラップの起源に押韻がある限り、それを避けることはできないはずである。日本語ラップにおける押韻の深刻さを理解しないならば日本語ラップの「核心」など掴めない。